まあるい心ワーク

犯人さがしをやめてみて。

こんにちは、安藤です。

 

アメブロの記事を少し編集しての投稿です。

 

ちょうど10年になりますが、ずっと続けている学びがあります。

振り返ってみると、学び始めたころの私は、うまくいかないことがあると家庭内で不機嫌をまき散らしていました。

一体うまくいかなかったのは誰のせい?

誰が悪いの?

いつも犯人を捜していました。

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自分はいつも正しい。

それなのに、周りが状況を悪くする。

私はいつも被害者。

子どもの問題も家庭内の問題も仕事の問題も。

だから不平不満愚痴の嵐で、いつも憤っていました。

許せない、おかしい、冗談じゃない。

そんな心のつぶやきで物事をとらえていたのです。

だからいつも子どもを責め、うまくいかないのは「あなたたちが悪いからだ」と本気で思っている母でした。

最初に学び始めたきっかけは「怒ってばかりをやめたい」でした。

 

娘の出産を通して、子どものこころのコーチング、勇気づけの子育てなどを知りました。

「自分の心に矢印を向ける。」

この言葉を教えてくださったのは和久田ミカさん。

他にも色々な学びを通して心と外との関係がわかり、それが自分を癒すことにつながりました。

わかること、やってみることで自分に変化が起きてきました。

うまくいかない、苦しい、もう八歩ふさがり、どうしていいかわからない。

そんな出来事があっても、

「だからこそ、どうしたい?」

「だからこそ、どうする?」

そう思えるようになりました。

自分は、環境や出来事の被害者ではない。

自分にはできることがある。

そう思えるようになりました。

気づくと、「怒る」ということは減っていました。

ゼロじゃないけどね。

 

何かあったらその都度向き合える自分であればいい。

そう思えるようになったことで、犯人さがしをする必要がなくなったのです。

 

あの時、学ぼうって思って良かった、自分でやってみようって思ってよかった。

今は確かにそう思えます。

そしてこれからも出来事を自分事と引き受けられる自分を生きていきたいと思うのです。

 

今日は勇気づけお話会をしたのです。

 

不登校気味のお子様がいらっしゃる方が来てくださいました。

 

「いつもなら息子が学校を休んだら、キャンセルしてしまうのですが。

 

今日は行こうと思ってきました。」

 

この方のも自分で決めてきてくださったのです。

 

・いつもの受け止め方→また休んでしまった。

 

・いつもの行動→もう私は出かけられない。

 

・いつもの心のありよう。→こうやっていつも行きたくてもいけない私。

 

でも今日のMさんは少し違ったのです。

 

・息子が学校を休んだ→「でも今日は私のために行ってみたい!」

 

・お子さんへの対応→「お母さん、1時間半出かけるけど、待てる?必要なら電話してね。」と言った。

息子は「大丈夫。お母さんが帰ってきたらお昼から学校いく。」といった。

 

・心のありよう→「私は自分の選んだ行動をしていいんだ。息子は待っていられる力があるんだ。」と思えた。

 

出来事は同じなんだけどね。

 

どちらがお子さんもお母さんも自分に力があると思えるか。

 

おこさんのせいで行けないなんてMさんはこれっぽちも思っていない。

 

でも息子さんからすると、自分が休んだことでお母さんがあきらめるのはもしかしてつらいかもしれない。

 

 

もちろんで、ここで「子どもが行かないで!」って言ったから、行かないという選択肢もOKなの。

 

その選択をお母さんが自分で選んでほしいの。

 

「あの子が休んだkらい」

 

 

 

 

 

 

 

9月、10月開始のSMILE講座は満席となりましたが、ELM勇気づけ勉強会は10月22日より開講いたします。

子育てや人間関係が楽になるアドラー心理学をベースにしたコミュニケーション講座です。

 

時代の流れも心のありように影響をする。

こんにちは、安藤ひさこです。

 

アメブロの方とはまた別にこちらでも思いを発信しようと思っています。

 

こちらのブログはなかなか毎日とはいきませんが、アメブロとはまた違った視点で書いていけたらと思っています。

 

どうぞお付き合いください。

 

昨日は笑み育カウンセラー養成講座で一緒に学んでいる仲間と勉強会。

 

それぞれの目的を持って受講しているんだな~、その力強さを感じて私もがんばろう!と気持ちを新たにしました。

 

でね、お昼を食べているときにNちゃんが

 

「バブルのときを過ごして着ている世代ってどこかお金のこともなんとなく何とかなるって感覚があるんよね。」

 

って言ったんです。

 

たしかにね~それは感じる。

 

あの頃って、世の中おかしかった。

 

どこへ行ってもお金が舞っている感じ。

 

使わないと損って感じだった。

 

時給も高かったし、お給料もほんとびっくりするほどよかった。

 

どこかで切羽詰まった感が薄い。

 

バブルが崩壊したといっても私の世代はむしろ恩恵の方が大きくて、痛い思いすらさほど経験していない。

 

その数年後の人は就職氷河期で非常に厳しい中をくぐっている。

 

そうした時代背景も確かに私たちの心のありように影響を与えている。

 

 

心のありように影響を与えるのは

 

血:血縁、親子、兄弟、親戚関係

 

地:生まれ育った国、地域、県、風習

 

知:その時代に流れる風潮、常識、一般論

 

生まれ育ちだけでなく、時代の流れも確かにあるのだなと感じる。

 

戦中戦後を潜り抜けてきた親世代と私世代では考えは違うし、ゆとり世代を生きてきた息子達と私や夫は違う。

 

そして息子達と娘たちも時代がすでに違う。

 

 

そんな中で私たちが同じ出来事に直面しても、とらえ方も行動も異なるのはあたりまえ。

 

だからこそ、自分のそのとらえ方だけのとらえ方でいいのかどうか?

 

何か他にできることはないだろうか?

 

何か違う視点もあるのではないか?

 

そんなところを見つめてみることで、新しく見えるものがあるのかもしれない。

 

Nちゃんが言ってくれたこと、ドンピシャで響いたな~。

 

ありがとう~。

 

笑み育ワークシートはインナーチャイルドセラピーを目に見える形で、とても分かりやすくしたシートです。

 

自分の心の中で無自覚につぶやいている言葉や、無自覚に人生を作ってきた言葉を見つけ出すことができます。

 

そして本来の自分が望む世界を作るための言葉に書き換えていくことをします。

 

ワークシートで目に見える形で取り組むできるというのが大きなメリットです。

 

ぜひ体験してみてくださいね。

不満にとらわれるとき。

こんにちは、安藤ひさこです。

家庭、職場、学校、サークル、色々な現場で

「~してもらえて当然なのに」

「わかってくれない」

「認めてくれない」

「ない」「くれない」「もらえない」

そう思えるとき(そう見えるとき)

「おかしい」「冗談じゃない」「変だよ」と不満が出てきます。

 

自分の意見や欲求は受け入れられて当然なのに、拒否されたと感じると不満が一気にあふれます。

 

不満が心の中にあふれてくると私たちは色々な思いが出てきます。

怒り、恨み、ひがみ、愚痴、疑念などなど。

こうした感情に不満が姿を変えると、ますます大きな反感をうんでいきます。

 

でも私たちは本当に不満に飲まれることを望んでいるのでしょうか??

ここで気をつけるのは、不満にのみ込まれないこと。

自分を見失わないこと。

 

だから相手にぶちまけるのではなく、まずは不満を一旦自分で吐き出してみる。

そして自分に問いかけてみる。

 

不満を相手にぶちまけたいのか?

それとも今目の前の事態を何とかしたいのか?

 

冷静になった私たちはちゃんと選ぶことができます。

「自分に今なにができるのだろう?」

 

自分事として引き受けたとき、私たちは自分の人生の主導権を自分で手にしていけます。

不満をはらすことで、私たちの目的を達成することはできないのです。

 

今ここでできることをやる。

常に自分から始める。

そして本当に願うことを達成していきましょう。

 

 

誰もが感情のストーリーを作る。

こんにちは、安藤です。

 

尊敬する子どものこころのコーチング協会理事の和久田ミカさんがお話くださる中に

 

「ネガティブな感情の中に宝物が埋まっていることもある。」

 

があります。

 

ネガティブな感情を悪者だと思っていたときは、ネガティブな感情を感じてはいけないと思っていました。

 

でもそうではありませんでした。

 

 

ネガティブな感情を感じたときこそ、自分の心の声を聴く。

 

 

すると、本当の願いとか本心に気づくことがあります。

 

 

人は本心を生きたいと思っています。

 

 

ネガティブな感情はそれに気づくサインなのです。

 

ところがこれを誤った受け取り方をしてしまうと、こうどうがまるで変ってしまいます。

 

 

本当は人との縁を切るようなことをしたくないのに、

 

ネガティブな感情を「悪意のサイン」と受け取る人は被害者意識を募らせ、

 

相手を敵にしてその相手を攻撃し、関係を難しくします。

 

本当は仲間と協働したいのに、

 

自分の有能さを信じて疑わない人はすべてを「成功のサイン」として受け取り、

 

自分だけの力で「行け行け」と強引に進めてしまいます。

 

本当は乗り越えられるはずの出来事も「困難のサイン」と受け止め、悲観的になり自分の心の中だけで不安を増大させ、失敗を恐れて身動きが取れなくなります。

 

本当は自分の人生を生きたいはずなのに、

 

どこか出来事を「他人事のサイン」として受け取り、

 

「まあまあ」「それでいい」と深くかかわろうとしない。

 

このように誰もが自分の心のつぶやきをもとに感情のストーリーを作っているのです。

 

 

そのストーリを書き換えないか限り同じ失敗を繰り返し、同じ苦境を生み出してしまいます。

 

いつまでもそんな状況っていやですよね。

 

 

そこから自分の人生の主導権を取り戻し、私らしく新しく人生をやり直すためにすること。

 

 

それは

 

 

自分が描いている感情のストーリーに気づくこと。

 

そして感情の脚本を描きそうになる自分を止めること。

 

 

そうすることで、自分らしく生きる道を選びなおせるのです。

 

あなたはどんな感情のストーリーを書いていますか?

 

 

8月の勇気づけお話会の予定はこちらです。

 

 

 

自分の心の傾向に流されない、のみ込まれないために。

こんにちは、安藤ひさこです。

三男と娘が宿題の話をしていました。

三男「小学生の宿題って多いな~。夏休みなのに、休めないね」

ほんとだな~、子どもたち、夏はあれこれ忙しい。

ボーってする時間もいるよね~。

 

さて昨日

「・普段はのんびりしているのに、切羽詰まってくるとイライラ。

そして結局うまくいかないとなると、どうせ私はダメだと落ち込む。

・うまくいっているときは「よし、いいぞ!!」って強気だけど、

思ったようにいかないと「なんで?どうして?誰のせい?」と夫や子どもに当たり散らす。

そしてどうにもならなくなると「どうせうまくいかない」と落ち込む。」

 

私も自分自身の基調となっている心の傾向を持ちながら、

事態の移り変わりによって、状況の変化によって心が動いていきます。

 

その流れに流されない、のみ込まれないことが

自分の生き方を転換していくことにつながります。

 

例えば、

 

普段はのんびりしているのに、切羽詰まってくるとイライラ。

そして結局うまくいかないとなると、どうせ私はダメだと落ち込む。

 

そんな流れにのってしまうと、私は自分を責めることだけで事態を収束してしまうという形で終えてしまうのです。

それで問題解決にまでいつも至らず、不満足な状況を生み出しています。

 

そこで

切羽詰まってきたと感じたときに「ちょっと待てよ」をかける。

この状況になると、私はいつもイライラし出すんだなって気づく。

「立ち止まること」がいつものパターンに押し流されない大きな一歩になるのです。

 

その気づく力を育むのがまあるい心ワークです。

 

一瞬で流れていく心の動きをキャッチする。

それは日々のトレーニングで必ずできるようになります。

 

ワークシートを何十枚と書いてくださっている受講生の方は

「今は心が動いた!!って感じがわかります。

その時に頭の中でシートを書きます。」

っておっしゃいます。

 

「あっ!動いた!!」

その感覚をつかむだけでも、実は一瞬流されていく行動パターンを止めているのです。

それがいつものパターンにのみ込まれない大きな一歩となります。

新しい行動を選択する心のゆとりがも生まれます。

あなたが本当に望む関係と未来のために、あなたの行動を選び直すきっかけとなるのです。。

 

まあるい心ワークグループセッションは、9月7日(金)を予定しています。

ご希望の方はお問合せ下さいね。

 

8月の勇気づけお話会の予定はこちらです。

 

 

 

 

 

怒ってばかりだった私。

おはようございます、安藤ひさこです。

別名「瞬間湯沸し器の安藤です」と言ってもいいくらい、息子たちが幼い頃は怒りをぶちまけることをしていました。

自分で自分をどうしたらいいのか、当時の私はとても困っていました。

 

 

「怒ってばかりを変えたい」
「私を変えたい」

いつも思っていました。

人間が変われば、怒ることもなくなる。

そんな風に思っていました。

根っこで「怒ってばかりの私はだめなんだ」と自分を責め続けていました。

でもね、そうやって「私を変えたい」と思えば思うほど、そうさせてくれない子どもに腹がたちました。

 

怒りたくないと思っているのに、怒らせるな!!

優しいお母さんになろうって思っているのに、なんでわざわざ怒らせるの!

 

そんな心のつぶやきがでて、また怒る。

自分のことを責める一方で、「怒り」というものは私にはどうしようもないものだと思っていました。

そんな私が「怒り」と本気で向き合ったのは、娘が生まれたこと。

怒りをぶちまけてきたおかげで息子たちとの関係がこじれていた私にとって、女の子が生まれたことは嬉しい反面、とても怖かった。

 

・私と同じように怒りで人をコントロールしちゃう子になるの?

・私と母の関係が、娘と私の間でまた繰り返されるのか?

・息子たちとの失敗がまた繰り返されるの?

 

そんな怖れから、自分に向き合うことを始めました。

やっていくうちに私がどうしてそこまで「怒ること」にこだわってきたのだろう?

そんな事が見えてきました。

 

・怒りをコントロールできる方法がわからなくて困っている自分を何とかしたかったんだ。

・「自分にはどうしようもない」というのが嫌だったんだ。

・自分で選ぶことをしたかったんだ。

 

それがわかりました。

そして怒りを自分事として引き受けることをしようと思いました。

 

・怒るときは怒りたいから怒っているんだ。

・やめたくないから、やめないんだ。

・怒ることも怒らないことも私が選べる

 

怒ることに向き合ううちに私は「自分で選びたい」という願いに気づきました。

 

「怒ってばかりいる私」が気になるということは、何かそこに願いがあるということ。

怒りたくないのにそうなってしまうということほど、何か願いがあるのです。

その願いが何なのかすぐ見つけることはできないかもしれません。

 

でも「怒ってもいい。」と言われているのにも関わらず、どうしても怒ることをやめられない。

どうしてもそこにこだわってしまう。

願いと後悔は私は表と裏のように私は思います。

だからね、自分をそんなに責めなくてもいい。

ネガティブな感情は悪者にされることが多いのですが、そういう感情こそ自分の願いに気づかせてくれるもの。

ゆっくりと向き合ってみたら良いと思います。